2013年09月20日

琉球表と七島表

琉球表と七島表は同じ表です。奄美諸島が我が国の原産地のようです。イグサとは材料が違い、カヤツリ草で之を割いて干すと丸まり濃い緑色で青表とも言われています。  同じ表なのに呼び方違う理由を推測すると、江戸時代には鹿児島の薩摩藩と大分県の杵築藩で生産されており、江戸時代の資料には薩摩の船頭が琉球表を売りに来たので買ったとの記録があります。琉球表は薩摩藩の呼び方だったと推測できます。

現在の国内産地である国東半島は江戸時代から七島表として杵築藩の特産品で藩の財政に貢献してきたそうです。こちらでは奄美七島から持ち込まれたので七島表と呼んだようです。

薩摩藩が琉球表で後発の杵築藩が七島表なら辻褄が合うような気がします。先発の琉球表が全国区のようですが沖縄県では作られておらず現在の感覚では産地偽装のように感じますね。

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2013年07月16日

一日5食

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現在のイグサ刈りです。イグサ刈りの手伝いと言っても機械で刈ってくれるので雑草や網を取り外す事くらいが仕事になります。   昔はすべて人手の仕事で農家だけでは人手が足らないので大学生のアルバイトも多く集められ高給でしたが暑くなる前の夜明けから刈り取り、泥染、と重労働を真夏にするのですから大変な仕事になります。一日5食は食事を取らないと体が持たなかったようで高給と食事に釣られた大学生も次年度に来てくれる人は少なかったようです。

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2013年05月20日

北野天神縁起絵巻

北野天神縁起絵巻を見る事が出来ました。  火事から畳らしき物を避難する為に巻いている男と畳らしき物が描かれています。 床裏が横手のワラかマコモを編んだような物で表側は青いゴザらしき物が描かれています。巾方向に畳縁らしき物が付いていました。横配である胴菰を丸めると同じような形になりますので構造はワラやマコモを横手に編んだものと思われます。

春日権現険紀絵巻や北野天神縁起絵巻などに畳の初期の形らしき物が描かれていて奈良時代の正倉院御物の菅畳から平安時代から鎌倉時代へと畳の発展の過程が推測できます。

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2013年03月14日

本配い

ワラ床はワラの配込が4段、6段が標準のようです。5段配いもありますが4段配い、5段配いは胴菰と呼ばれる横の大手配いの上が化粧配いになり抜け配いと呼ばれます。 本配いは胴菰の上に縦配、横配、と2段ワラを並べ化粧配いの6段配いとなります。 何故6段が本配いで7段や8段じゃいけないのか?我が家では、強いて理由ずけするならゴザを付けて八重畳にするために6段配いを本配い、としたのでわ?となってます。が話が出来過ぎのようにも感じますね。

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2012年11月05日

肘が固まる

畳屋を表現する肘締めの姿は、肘にタコを作ります。畳屋に弟子に入り肘締め作業で肘の皮が剥けて血が出て肘にタコが出来て硬くなり肘が固まるとなります。半年もすれば肘が固まりますが、弟子の間では、何かにつけて肘も固まらないのに!とか肘が固まらないくせに生意気だ!と半人前を思い知らされたようです。一人前になれば肘が固まったとの、褒め言葉はあまり聞きません。昔の畳屋なら肘が固まっていて当たり前といえば当たり前の事で、逆に祖父は下手だから肘のタコがデカくなるとタコを自慢する職人さんに嫌味を言ったそうです。

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