2015年03月20日

備後の銀白

備後表の色合いを表現する時に、銀白表と言いました。イグサを袋に詰めて寝かしてイ、グサの青味を落としたイグサで、やっと畳表として織れる状態にになります。製品になるのに早くて一年〜二年かかります。昔からこのサイクルで畳表を織って来たから、備後表の伝統的表現としての古くなっても飴色になる備後の銀白表と言われたのですが…残念ながら銀白が紙の畳表と思っている畳屋が…確かにいる!

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2015年02月10日

備後判と広島判

現在、備後表として流通している多くが、昔は広島判と言われたもので、原料イグサは他県産で、織りだけが備後で織った備後表で、昔から言われたびんご判の備後表の生産量は非常に少なく、ほぼ手に入らない貴重品です。日本中の畳屋さんが、未だ高級品の代名詞のように備後長髭表と言われるようですが、判っているのか? 故意に知らないふりをしているのか? 疑問に感じます。
備後産イグサの畳表だから備後表であって、他県産のイグサの備後織りは昔通りに広島判で良いと思うのですが、備後表の需要が多いのが原因です。

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2014年12月29日

実務経験15年

技能検定一級を受験するための実務経験は、昔の半分程度に短くなりました。昔は15年の実務経験を求められ、最低でも30才にならないと受験資格が発生しませんでした。
この実務経験15年は昔の手縫い床の時代の遺物で、小僧で修業に入り手縫いで全ての仕事をすれば、畳屋の仕事の最低限程度の仕事は兵隊検査頃には出来るようになってやっと一人前の扱いをされたそうですが、さらに技能向上を目指せば15年の実務経験が妥当な年数だったようです。
手縫い床の掛け縫いは30才を過ぎないと縫わせてもらえなかったそうで、我が家では二代目が気にいれば誰でも教えたので、兵隊検査が済んだ後の職人さんが勉強に来ることが多かったようです。

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2014年12月01日

手作りの下紙

P1070549.JPG新聞紙に墨を塗って手作りされた下紙です。年数が経っているので墨は少し薄くなってます。新聞紙で作った薄い下紙なのですが平刺しの理屈からみれば現在、多く使用されている厚い下紙よりは、良いと思われます。(平刺しが手で上手に縫えるのが前提ですが。)
我が家でも二代目は高宮縁を使用する仕事の時には、美濃紙に墨を塗って真っ黒な下紙を作っていたそうで、通常の下紙では灰色ががっているのが気に入らなかったそうです。


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2014年08月28日

野州麻と出雲麻

昔は日本中で太麻が栽培されていて、畳表の縦糸の麻は自前で栽培し縦糸に麻踏みしたそうです。

備後や備前地方の麻は、品質の問題で畳表などに使い難い原料だったようで明治時分には自前の麻以外に栃木県の野州麻や島根県の出雲麻を買い付けて畳表を織っていたようです。

明治になり産業としてイグサ栽培や畳表、花ゴザの生産が広まると自前でイグサを栽培して畳表に織る形からイグサや麻をを買い付けて織り専門の業者も現れるようになると綺麗な畳表にする為に縦糸の品質まで拘るようになるのは当然の事でしょう。

当県の岩国市にアラソ(麻の皮を剥した状態の麻)を仕入れに行った記録もあり日本中で大麻が栽培されていた例と見る事ができます。戦後は大麻は栽培できなくなり、国内ではマリファナ成分の無いトチギシロを開発した野州麻のみが残っているようです。

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