2015年07月17日

手織り引き通し機

P1020858.JPG手織りの引き通し表を織る機です。畳の巾分イグサを引き抜くのですから、竿を歪まないように抜く工夫が見られます。
備後、松永の、あしあとスクエア(昔の履物博物館)で見られます。

posted by 四代目 at 21:06| Comment(0) | 昔話

2015年06月18日

手回しの機械

初期の製畳機は直径1メートルもあるハンドルを手で回して動かしました。非常に重労働で働く人は大変でした。手縫い床製作も重労働ですが、一日中ハンドルを廻しぱっなしの単調な重労働なのですから更に大変だったようで、我が家の叔父も弟子入りした店で早く、この仕事から解放される為に一生懸命ツケ仕事を覚えたそうです。
畳屋でも敬遠される仕事で、日韓併合で日本に来た半島出身者が、多くこの仕事に従事していたそうです。

posted by 四代目 at 17:57| Comment(0) | 昔話

2015年06月15日

軽くて丈夫な…

昭和40年代の住宅ブームに合わせるように、ワラと発砲スチロールを組み合わせた軽い畳床が作られるようになり、旭化成が、♪軽くて丈夫なスタイロ畳♫ と畳を担ぐ岡本信人を起用したテレビの宣伝で、一般に知られるようになりました。メーカー推奨の作り方が極力ワラを少なくして軽い畳床でしたが、これが拙く、機械縫いの返し縫いでは抜き先部分(畳縁が付いている部分)が下がりました。
仕事に拘る畳屋さんは上前だけは手縫いで返し縫いする方もいましたが、畳屋なら一度失敗すれば直ぐに原因から対処方(横配を少し厚く配込むと抜き先が下がり難くなるのですが)を考えるのですが、メーカーさんが作り方を改めるまで10年近くかかりました。
販売促進で海外旅行まで行われ、日本中をスタイロ畳が席捲しましたが、我が家は色々軋轢があり、違うメーカーの発砲スチロールに、ワラたっぷりの軽くない畳床を作りました。
予想通りワラが少ない程、耐久性のない畳となりましたが、長持ちするワラ床には戻らず、次世代の脱ワラの建材床への入れ替えが進みました。

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2015年05月18日

龍鬢の縁無し畳

P1020445.JPG我が家では二代目の時代に、数寄屋建築なので洒落て水屋に龍鬢表で縁無し畳を作ったまでは良かったのですが、残念ながら耐久性が無くて失敗した経験があります。この写真のお宅にも、龍鬢表の縁無し畳がありました。祖父が悔しがっている様が目に浮かびます。

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2015年04月01日

六配表(むはいおもて)

P1070887.JPG中継ぎ六配表の上に、京間サイズ(3尺1寸5分)の畳表を置いた写真です。中継ぎ表はイグサの中部分だけ使用するので、綺麗で丈夫な畳表になります。昔からお茶を溢しても浸み込まないと言われほど重量のある畳表で、写真の六配表で一貫目の重量があります。巾の目数が66目より6目広いから六配表で、4目広いと四配表(よはいおもて)となります。普及品の中継ぎ表は二配表で68目で織られて、鬼目の内側で京間サイズになりました。

posted by 四代目 at 18:19| Comment(0) | 昔話