2015年09月28日

益田鈍翁と木村清兵衛

近代茶道は三井財閥大番頭の益田鈍翁が大功労者と言えると思います。日清、日露、第一次欧州戦争で財力を得たブルジョア階級に茶道が広まり、東京でも盛んに茶室が作られるようになりましたが、東京には益田さんのお眼鏡にかかる数寄屋大工がおらず、京都から御所出入りの数寄屋大工、木村清兵衛を呼んで多くの茶室が作られたようです。我が家の二代目が京都でも修業をしていた関係で、財界大物の茶室の仕事が入りました。
関東の茶室は数寄者のセンスが強調された数寄屋普請が在り、その後の和モダンの建築に進んで行ったと推測しますが、年数が飛び過ぎたかも?

posted by 四代目 at 22:23| Comment(0) | 昔話
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