2020年09月27日

生意気だったから

何処の業界でも戦前の職人の世界は人権、人格否定の世界でした。先輩なら後輩を優しく指導するなんて綺麗事は全く無かった時代でした。若い職人さんは仕事のコツを教えて貰う為に酒を飲ませるのは普通の事だったようですし、少し生意気な事を言うと仕事で意地悪をされた話です。縁無し畳の仕事で仕上がり寸法から一分(3ミリ)か五厘(1.5ミリ)で折り曲げるかは職人の腕によります。五厘で仕上げをされたら一分の仕事は負けます。並べて敷かれたら一分の縁無し畳は膨れた様に見えるのです。「生意気だったから、キツク巻いてやったよ、やっこさん、べそをかいてたよ」 自分もわざわざ大変な仕事をして意地悪する事もないのに先輩の意地なのか?自分も意地悪されて来たからか? でも手直しするなら五厘で引ききれる腕がいるので、仕事での意地悪は己の力量を感じさせられて、泣きべそをかいて、若い職人さんは上手になったのです。
posted by 四代目 at 23:10| Comment(0) | 職人の本音

2020年09月24日

皮縁

昭和13年に三代目が大阪は十三の伯父の店で、七島表に皮縁を付けた畳を見た時の話しです。皮縁を傷つけないように外し皮縁を水に浸し柔らかくして再度使用する作業法で、大阪の商家では七島表で縁無し畳にすると曲げた箇所が切れるので丈夫な皮縁を付けるんだ、と聞いて「大阪らしいケチ臭い仕事だな」と思ったそうで、「さすがに大阪の伯父さんの前じゃ言えなかったけどな!」と話しの落ち「色が落ちたら色を塗るそうで、こうなるとケチを通り越して吝嗇だぜ!」と二度落ちの話に、、、、。  厚みのある皮縁では綺麗な仕事にするのは難しかったでしょう。他の地域で皮縁を付ける話はあるのかな?
posted by 四代目 at 22:35| Comment(0) | 昔話

2020年09月22日

ハチクマの渡り

IMG_1659.JPG  北九州市は皿倉山の山頂で撮ったハチクマの渡りの写真です。非常に見難いのですが雲の下側と屋根の軒先にゴミのように見えます。関門海峡を渡り小倉の足立山方面から数羽の群れで飛んで来ます、昨日は上昇気流が強く、低い高度で皿倉山に取り付いてグルグル回りながら三十羽以上の群れになり山頂より500メートル以上、上げて西方向へ飛んで行きました。遅れて来た一羽がパラグライダーのテイクオフと同時になり慌てる様を見てハチクマでも上げる事に集中し過ぎて見張り不十分なんだと、妙に納得!
posted by 四代目 at 10:41| Comment(0) | 日記

2020年09月21日

半間の下紙

昭和三十年代後半から始まった技能検定の時に当地では初めて半間の下紙が支給されました。機械化以前の業界でしたし下紙は一間で畳一枚で2枚のはずが、4枚支給されたのですから、多くの受験者は驚いたでしょう。?県内で腕自慢の方々が集まったのですが仕事で下紙をどのように扱うか?だけではありませんが、関東で支給されている下紙では当地流では太刀打ちできず、結果は散々でした。 最大の原因は課題を当日まで発表しなかった事と思われますが、現在ほど情報も無い時代でしたので、畳屋の勉強不足に、枚数を叩く仕事(仕事の出来より出来上がった枚数が重要)の、当地では当然と言えば当然の結果となる訳で、事前に関東流を勉強した東部地区の畳屋さん達と、我が家の叔父だけが技能士となりました。
posted by 四代目 at 22:46| Comment(0) | 昔話

2020年09月13日

田舎庵

IMG_7899.jpg  小倉の好日山荘に買い物に行きました。昼食は一年以上ご無沙汰のウナギの田舎庵へ、天然物も入ってましたが、注文は普通のセイロ蒸し。 相変わらずの繁盛ぶりで、店前には多くのお客が並び「すんません、田舎庵ってどこですか」道を聞かれた車は大阪ナンバー、テレビ放送は怖いですね。次は何時、行けるかな?
posted by 四代目 at 22:48| Comment(0) | 日記